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その547 拾い物 2025.4.22

2025/04/22


 少し前から私は明治維新の後、長州から土佐に逃れた
富永有隣という人物について調べていた。
有隣は大豊町で追手から逃れるために岩穴に潜んだことがあった。
その岩穴を探るため、林道から山道に入って行った時のことだった。
誰も歩かないであろう山道だが、割となだらかで気持ちのよい道だった。
ふと目を落とすとツバキの花が一輪あって、そのそばに白いものが見える。
小さな盃がうつぶせになって埋まっている。
 
 盃の外側に淡い青色で植物の絵が描かれている。
ところどころ縁が欠けているが、もしかするとこれは長州系の絵柄で江戸後期のもの、
有隣が懐に忍ばせて愛用していたのではないか、などという妄想が沸き上がる。
 
 家に持ち帰ってきれいに洗い、懐中電灯やガラケーなどが置いてある書棚の隅に置いた。
その夜、有隣が夢に現れて、
「ワシの盃を返せー」なんて言わないかと期待したが、
何も起こらずに一か月が過ぎた。
 
 私はこの盃を骨董品店で見てもらうことにした。
高知市で昼間からお酒の飲める「ひろめ市場」の北側にある骨董品店に行く。
もう夕方のことで、ひろめ市場近くの歩道で、
飲みすぎてしまった男性が横になっている。
両手を合わせて左頬の下に置いて、
ヨーロッパの良い家庭の坊ちゃんがスヤスヤ寝ているようだ。
 
 店じまいをしようとしているご主人に声をかける。
「見てもらいたいものがあるんですけど、、」
「はいはい、何でしょう。」
「この盃なんですけどね。」
「うーん、これは古いものかもしれませんが、
 うちで200円でお売りしているような感じのものですね。」
「は、、200円? この外側にある植物の絵なんか、どうですか。」
「むしろ絵が中にある方が、、、。もちろんご自宅で使われる分には問題ありませんよ。」
「そりゃまあそうですが。だれも通らんような山道で見つけたんですよ。」
「多分、お墓参りでお水をあげる盃だったのではないでしょうか。」
「あ、、そうでしょうかねえ。なるほど。」
近くに墓はなかったのだが。
「向こうのお店のご主人がこの手のものには詳しいので、聞いてみればどうでしょう。」
「いや、200円のお見立てに大きな違いはないでしょう。」
 
 金銭的な価値の問題ではない。
有隣の盃かも、と妄想した夢がはかなくしぼんでしまった。
帰りの歩道で、先ほどの男性は縁石のブロックに座っていた。
瞼が重く腫れている。
おっちゃん、ええ夢、見たかえ。