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その539 譜めくり-その16年後 2024.3.17

2024/03/17


 このホームページリニューアル前の旧版こぼれ話に、
「譜めくり」のタイトルで書いたことがあった。2008年のことだ。
「譜めくりの女」というDVDを見ての感想から始まる話で、
自分が病院の忘年会でピアノを弾くのに、
参加者の中から二人を選んで譜めくりをしてもらったという内容。
今、残っている原稿を読み返すと
自分がちょっと難しそうな、こんな曲やあんな曲を弾こうと思っていたのだけれど、
などと嫌味な部分があって恥ずかしい。
 
 ステージで楽譜を置いて弾くピアニストが増えてきた。
早くは晩年のリヒテル。少し前に私が聴いた演奏会では2017年10月のイーヴォ・ポゴレリチ。
この時のことはこぼれ話その473 (音楽 ハッピーバースデー)に書いたが、
彼が楽譜を置いて演奏したことには触れていない。
譜めくりの人が目立たぬようにピアニストの左後ろに座っていて、
絶妙のタイミングで立ち上がり邪魔にならぬようにページをめくって、またひっそりと座る。
 
 最近、マリオ・ヘリング氏の演奏会をBSで聴いた。
ドビュッシーの喜びの島、リストのメフィストワルツなどが前半のプログラム。
後半はベートーヴェンの熱情。
端正でクリアカットな弾き方でありながら、パッションも十分にたぎらせる熱演であった。
 
 彼はステージに登場すると一礼の後、
タブレットを譜面立てではなく、弦を留めるイボイボのある部分に置いて、
厚紙製のようなスタンドをフレームに立てかけ、
そして小さなフットペダルのようなものをピアノの下に置いた。
実際には完全に暗譜して掌中に納めている曲だろうし、
楽譜はいらないのだろうと思うが、演奏中けっこう楽譜を見ている。
熱情の第3楽章、繰り返しをする部分がある。
紙の楽譜では前のページに戻るわけだが、
タブレット楽譜は繰り返しの部分がそのまま連続するようだ。
繰り返しの演奏が終わると、また前に戻らぬよう、
次に進めるように赤線で斜線が書き込まれてあった。
 
 ページが変わる場面が放送中にあったが、どうやって譜めくりをしたのかわからなかった。
販売されているタブレット楽譜では、フットペダルを踏んで譜めくりをするようだが、
ヘリング氏の左足がその動きをしたようには見えなかった。
AIが曲の進行を読んで自動でめくる?
実は譜めくりのスタッフが舞台袖でリモート操作をしている?
 
 時代は進む。
タブレットや記憶媒体に何十曲も楽譜を入れておけば、
演奏旅行で重い楽譜を持ち運ばずに済む。
タブレット楽譜には書き込みができて、それを消すこともできるそうだし、
練習用に伴奏付きのタブレット楽譜というのもあるそうだ。
 
 しかし音楽を脳に入れて、腕や指の筋肉に動きの指令を伝え、
鍵盤が出す音を耳からフィードバックし、さらに演奏者の心を込めることは
いつの時代になっても変わらないだろう。