その520 経年焼け 2021.9.29

2021/09/29

 彼岸を過ぎて日焼けの話でもなかろうと思うが、
ある夏の日の午前、自転車で電車通りをあちこちすると、すっかり日焼けしてしまった。
焼けるとすぐに肌が赤くなるのだが、さめるのも早く、あっというまに薄皮が剥げてくる。
学生時代には前腕の皮膚が水ぶくれ状態で、
文庫本1ページ分くらいの大きさで表皮が剥げたことがあった。
周りから「脱皮してる!」と言われた。
 
 最近、古書をネットで検索して何冊か買った。
一つは大正時代に発行された各地の伝説を公募した本。
これには、こぼれ話508に書いた「あせごの万」の話が収載されていて、どうしても読みたかった。
二つ目は青春時代の原点に触れられるかと思って購入した昭和40年代後半の雑誌。
三つめは海音寺潮五郎の「孫子」。
昭和50年代の文庫本で、高校時代に読んだのをもう一度読みたいと思ったが、
出版社では絶版のようなので古書を購入。
 
 その結果。大正時代の本はさすがに貴重であったようで、
当時の定価「一圓」が千倍以上の値であった。
旧仮名遣いで
「おいでになつたといふ、評判(ひゃうばん)は、あっといふ間に傳はつた。」
という調子だが面白く読んだ。
原点を模索した雑誌は、目当ての記事はざっくりとしたもので、
私の考えた原点は大きく膨らんだ幻想であった。
「孫子」は表紙カバーがきれいに保存されている。
ただ現代の文庫本に比べて活字が小さい。
十分に明るいところで老眼鏡をかけても読むのに苦労するのだが、
やはり内容に読みごたえがあり再度読み進めている。
3つの書物に共通するのは、「経年焼け」という紙の焼けである。
年代相応の焼けがあり、よくぞ今まで耐えた、という感慨がする。
 
 当院のカルテがもう少しすると電子カルテになる。
現在、大変な準備作業が進行中である。
古い外来カルテを見ると、B5版のカルテの四隅は丸みを帯びていて、多少の焼けもみられる。
先代の川村院長がドイツ語を交えて太い黒インクで記載している。
血液検査の結果は手書きのカーボン紙。
患者さんが話し、医師が聴いて、検査結果を手渡しした情景がリアルによみがえる。
 
 電子カルテであれば年月が経っても紙カルテのように焼けることはあるまい。
患者さんの訴えを受け止めて少しでも良い検査や処方、提案ができる温かいカルテでありたい。