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その504 六十代 2021.1.11

2021/01/11


 自分の祖先がどうであったか、聞いた話では分家してから私で七代目だという。
二代目の清綱さんの生年は分かっていて文政6年(1823年)。
初代の定右ヱ門さんの生年は不明だが、1800年頃ということになる。
もっと前はどうだったのか。
 
 山内一豊が土佐藩に入る前、長宗我部氏が残した地検帳がある。
土佐の国全体の地籍が欠けることなく保存されているらしい。
これを昭和40年頃、高知県立図書館が書物としている。
 
 現在の香南市野市町は、昔は大忍荘と呼ばれていた。
今に残る地名から、佐野姓がないかどうか探してみたが、全く見当たらない。
姓のない名も多くあるから、関ヶ原より前には佐野姓を名乗っていないか、
まだ先祖はここに流れ着いていないか。
 
 地検帳には地名と人物名のほかに、「~代」と書かれている。
当主が何代目かを記したものかと思っていたが一代や二代が多く、違うようだ。
「代」は面積を示す言葉であった。
高知市に二十代町、室戸市羽根に三十代、いの町に十四代という場所があるが、
有力な地主の広い土地がその場所の地名になったのだろう。
 
 この1月の誕生日で私は六十代になる。
前段の話でいくと、「代」が増えるのは広がるようで悪い話ではない。
ただ、免許の書き換えに行くと、裸眼の視力が落ちて「眼鏡限定」の免許となった。
わかってはいたが少々残念である。
 
 母は八十代後半に差し掛かって、かなり耳が遠くなった。
私がピアノを習い始めたころ、ピアノ教室には母も一緒に来て、先生の言うことを聞いてくれた。
四歳児の頭には先生の言うことがちっともわからないし、残らなかったのだろう。
先日久しぶりに実家でピアノを弾いた。スクリャービンのソナタの一部。
聴いていて母は「うるさい」という。
「練習途上でうまく弾けないのは当然、うるさきゃ他の部屋へ行けば、」と思ったが
「うるさい」と感じるのは正解。さすがである。
ある種のうつ的な不安感を表す曲なのだから。
 
 六十代となっていっそう「うるさい」「面倒」と思わぬ広い「代」の心を持っていたい。