こぼれ話
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その551 屋根と蓋 2025.9.26
2025/09/26
小菅優さんのピアノ演奏会を神戸で聴いた。
プログラムはモーツアルトのピアノ協奏曲第25番と藤倉大氏の第3番協奏曲「インパルス」。
2曲とも小菅さんが神戸室内管弦楽団を弾き振りするので、
ピアノはステージの真ん中にあってピアニストが背を見せるように、
そして蓋を外して置かれている。
開演前に調律が行われている時には感じなかったが、
オケとの演奏が始まると蓋が取り除かれているせいか、
ピアノの音はふんわりとおだやかな噴水のように
ステージから客席の方に流れて来る。
あまりの心地よさにモーツアルトの第一楽章ではウトウトしてしまった。
第二楽章はたっぷりと歌って聴かせ、
第三楽章はモーツアルト的な快活さにあふれた演奏であった。
小菅さんの温かくはずむようなピアノのパッセージは、
私が持っているイタリア人巨匠が演奏するCDとはかなりの違いがあった。
藤倉氏の協奏曲は、私はもちろん聴いたことがない。
この日演奏されるのはオーケストラ用の原曲を
作曲者がアンサンブル版に編曲しての初演とのことだった。
ピアノとオーケストラが共鳴するように響きあう。
私が連想したのは、晩夏の山でヒグラシの群れの声が
重なりながら連鎖するように
「カナカナカナーー、、、、カナカナカナーー、、、カナカナカナーー、、、」
と鳴き渡って行く情景だった。
鳴き声が遠くからこちらへ来て、
次のグループに引き継がれてまた離れていく。
そんな印象だった。
美しいけれどとても難しそうな曲で
シャープもフラットも、変拍子もたくさんありそう。
ピアニストが練習してオケと合わせるのも大変そうだ。
それを小菅さんは楽譜を自分でめくりながら悠々と弾き振りされた。
ピアニストが両手を放せずに、リズムが難しい所では
コンマスが弓で大きく指揮をする。
確か2度あった、ピアノの左手の低音とティンパニの
息をのむようなシンクロは圧巻だった。
ところで、ピアノの蓋は正式には「大屋根」というそうだ。
(青山一郎著 1冊でわかるピアノのすべて)
この屋根はピアノの底の響板の響きを拡散させる。
屋根を開けた時と閉じた時では、音域によって響く方向が違うそうだ。
開けると中~高音域がステージから客席の方向によく放射され、
低音域は少しだけステージ奥の方向に多く放射される。
(西口磯春著 ピアノの音響学)
ちなみにこの書物では、「屋根」のことはあっさり「蓋」と書いてある。
私の練習するピアノは狭いスペースに置いてあるので、
屋根は開けずに黒いカバーをかけて、さらに譜面台を置いている。
調律の方に
「開ければ華やかな音が出るでしょうに。」
と言われる。
しかし狭いスペースで音を派手に出すとご近所に迷惑だし、
ステージで弾いた時の音が
あまりダイレクトに自分に聴こえてこない感じとよく似ているので、
いつも屋根は閉じて弾いている。
学生の頃、タチアナ・ニコラーエワの
バッハのリサイタルを聴いたことがあった。
ブゾーニ編曲「シャコンヌ」などのプログラムだったと思う。
素晴らしい演奏で聴衆からの拍手は鳴りやまなかった。
何曲かアンコールを弾いてくれたが、「もうおしまい。」という顔をして
ニコラーエワは鍵盤の蓋をそっと閉めてお辞儀をした。
この蓋は鍵盤蓋というそうだ。