エネルギー

2007/12/13

雲仙普賢岳が噴火したのは、ちょうど息子が生まれた頃だったので、16年前だと思う。
先頃テレビで、当時を振り返る番組があった。
噴火のため、住む家を追われた方が、
16年ぶりに自宅のあった場所を訪れたが、家屋はもちろんない。
灌木が繁茂しコンクリートの残骸も飲み込んでいく。
静かに、しかし着実に。
噴火前より遥かに高くもり上がった平成新山にも驚くが、
太陽光と雨のエネルギーを受けた植物のパワーにも、一種の脅威を感じる。

 

当ホームページの山歩き情報に根木谷山というのがある。
高知市からさほど遠くない春野町の山で、
思い立ってヒョイと登るには手頃な標高であるが、あまり人が入らないようだ。
先週、4年ぶりに登ってみたが山頂の変わり様に驚いた。
4年前はかなり太い木も伐採され、低い灌木や雑草もきれいに刈り払われたばかりで
バレーボールのコートがとれそうだったし、高知市や太平洋、周りの山が見渡せていた。
しかし、今年は雑草が生い茂り、山頂は、三角点の周囲がわずかな隙間になっているだけだ。

 

偶然だが、ほぼ同じ位置から撮った2枚の写真を比べると、変わり方がよくわかる。
切り株から新しい枝が勢いよく伸びようとしているし、
すでに人の背丈を越す野草もある。
また、切り倒され、切断された木が4年間同じ位置にありつづけたこともわかる。

 

16年前に赤ん坊だった子が、4年前にはダブダブの制服を着た中学生になり、
今は髪の手入れに朝から念入りな高校生になった。
この子にもエネルギーが注がれており、それは親から吸い取った物である。
山の植物がエネルギーを受けて変わる様を見ると、
親の注ぐエネルギーもまた、何と大きいことかと思う。
親が疲れるのも当然だが、自分も親から受けたエネルギーである。
惜しみなく注いでやろう、と思う。


コメント

このようにして、根木谷山の頂上は、以前に書かれたガイドブックの通り「山頂からの展望は皆無」に戻ったのでした。